(えーと………)

 あたしは困っていた。

 あの後千尋ちゃんはすぐに帰っていったんだけど、その後いつものバレンタインになるのかと思ったら、二人とも異様に不機嫌なままになっててベッドにいる二人をちょっと離れてみてた。

「あ、あのさ」

「……何よ」

「………何」

 じとっとした視線があたしを貫く。

「な、なんでそんなに怒ってんの?」

 聞くのは怖いけど、聞いておかないと対処法もわからないし

「好きな人が目の前で浮気してて喜ぶ人間がいる?」

「は? い、いや、だ、だからそれは誤解だって言ったでしょうが」

「抱きしめたってとこは納得してあげるわよ。本当に抱きしめる必要があったのかとは聞きたいけど、それはまだいいわよ」

「じゃ、じゃあ、何が悪いっての」

「…………チョコ」

「へ?」

「……チョコ、あげてた」

 って、もちろん千尋ちゃんにだよね。

「………あのチョコは私……たちの」

(そ、そういうことか)

 まぁ、言いたいことはわからないでもないけど。

「しょ、しょうがないじゃん。もらったのに何にもしないで帰すわけにもいかないでしょ」

「別に、あれはお礼ってことでもらったんじゃないの。だったら、こっちからお返しすることもないんじゃないの」

「だから、そういうわけには……」

「………ひどい」

 二人とも冗談で怒ってる感じじゃなく、静かながらも本気であたしのことを怒ってるみたい。

 美咲はいつのまにか抱えてるあたしのまくらを強く抱きしめてるし、ゆめはゆめでぺたんと座りながらシーツをぎゅっとしてる。

(って、でもそこまで怒ることはないでしょうが)

 そりゃ、悪いとは思うよ? 確かにこのチョコは二人のために作ったんだし、あたしだって二人がもし別の人に一つでもあげたらいい気分はしない。

 でも、状況を考えたら許してくれてもいいと思うけど。

「で、今度はそのチョコを私たちにくれるつもりなの?」

 あたしがどうすればいいのかと困っていると美咲が枕を抱きしめたまま詰問してくる。

「そりゃ、そうだけど」

「……ふーん。私たちにはそれで十分でこと」

「? 何それ。どういう意味?」

「私たちには、今日初めて会った子と同じチョコで十分ってことなのね」

「っ………だって、それは」

 言いたいことはわかった、つもり。要はそんなことされたらまるで千尋ちゃんと同じ扱いみたいになるのがむかつくってことなんだろう。

 あたしにそんなつもりがないのは十分にわかっているだろうけど、そういうのとは関係なしにあたしが目の前で千尋ちゃんに二人のためのチョコをあげたっていうのは気に食わないわけだ。

「はいはい。しょうがないんでしょ、別に、わかってるわよ」

 美咲はあたしが二人の怒ってる理由を察したのに気づいたのか少しあきれたようにそう言ってまくらを離した。

「ただ……」

 それから、何か含むようにそう口にする。

「それをあの子と同じように私たちにもくれるつもりなのかしら?」

「え?」

 ま、またよくわからないことを。

 美咲がこういう言い方が多い。意味の取り方を広げて、まるであたしを試すみたいな言い方。

「だから、ふつうにくれるだけじゃなくて、何か必要じゃないのって言ってるのよ」

 まぁ、大体あたしは美咲の取ってもらいたい意味でとらないから美咲はこうやって誘導をする。

「……あーんでも、しろっていうわけ」

 美咲はあたしに言わせるのが好きだ。

 こういうこととか、他のことでも、自分から何かしろとか、してとかじゃなくて、とにかくあたしに言わせようとする。

 美咲曰くそのほうがあたしの気持ちを感じられるからってことらしいけど、言わされるのは結構恥ずかしい。

 今回はともかく、別のことをしてるときとか、ね。

「まぁ、彩音がしたいっていうのならさせてあげるわよ」

 今回のあたしの答えは及第点ではあったのか美咲は軽く笑ってそういった。

「はいはい。わかりましたよっと」

 あたしはあたしで少しあきれながらチョコを手に取るとベッドに向かっていって美咲の口元にチョコを差し出した。

「ほい」

 だけど、美咲はそれをとってはくれず

「ほい。じゃなくて、あ〜ん、でしょ」

「っ」

 そっちのほうがあたしが恥ずかしがることを熟知した確信犯的な微笑み。あたしの前だとこういう笑顔をすることが多くて、ちょっとぞくってする。

「〜〜。あ、あ〜ん」

 あたしは少しだけ美咲が望んでいるであろう甘い声をだして、もう一度美咲の口元にチョコを持って行った。

「あーん」

 すると今度は素直に口を開けてくれて

 パク

 っと予想通りに指ごと美咲に食べられる。

「ん、んん」

 わざと指をくすぐるようにして美咲はあたしの指からチョコを取っていった。

「んっ……ま、よしとしておくわ」

「はいはい。ん、ぺろ」

 満足そうに微笑む美咲に適当に相槌を打ちながらあたしは、美咲になめられた指をほとんど無意識になめる。

「じゃ、今度は………」

(さて、次はゆめか)

 あたしは美咲が嬉々としながら何かを言いだそうとしたことに気づかないでくるりと美咲に背中を向けるとまずはテーブルからチョコを取ってそのままゆめのところに向かった。

「ほい、ゆめも、あ〜ん」

 今度はゆめに言われるまでもなく、美咲にしたのと同じようにチョコを差し出した。

「……………」

 プイ。

 でも、ゆめはあたしを一瞥してすぐに顔をそむけた。

(あれ? 気のせいか、さっきより機嫌悪くなってない?)

 表情には出てないけど、なんかそんな気がする。

「ゆ、ゆめ。ほら、あーん」

 それでもあたしはめげずにもう一回同じことをした。

 が

「…………いらない」

 ゆめはいじけたように言ってまたあたしから顔をそむけた。

「って、そんなこと言わないでさ」

 このまま強引には食べてくれないなと思ったあたしはベッドに上がるとゆめの前に座る。

「………………浮気、した彩音のチョコなんて、いらない」

「って、そこに戻んの。それは誤解だってわかったでしょうが」

「……全然、誤解じゃ、ない。抱きしめてた」

って、それ? 美咲は一応納得してくれたっていうのに。 「いや、だからさ、しょうがないっていってるじゃん」

 って、このフレーズ何回目だろ。

「……しょうがなくても、抱きしめてた」

(……どのくらい見てたのかな?)

 あくまでそう主張するゆめにあたしはちょっとした後ろめたさを感じる。あえてさっきは言わなかったけれど、千尋ちゃんを抱きしめてた時間はかなり長かった数分じゃきかないくらい。しかも、ちょうど髪が鼻先についていい匂いがして、頭をなでなでとかしてたし。

 ゆめがどの程度見てたかは知らないけど、ずーっと抱きしめてるところを見ればこうもなるのかな?

「だから……」

「まぁ、実際抱きしめてるところをみたゆめからすれば、しょうがなくてもしょうがなくないってことでしょ」

 それでも、同じことを繰り返すしかないあたしに美咲が横から助け船を出してくれる。

 けど、

(? なんか、また美咲の機嫌悪くなってない?)

 言葉じゃあたしの味方をしてくれてるけど、あきらかに機嫌悪いよ?

「……………彩音には、チョコ、あげない」

「えっ!?」

 美咲のことは気になったあたしだけど、ゆめのその一言で思考が吹っ飛ぶ。

 困る、困るよそれは。

 あたしはかなり楽しみにしてたんだから。あたしたちがあげててもおかえしすらくれなかったゆめがやっとくれるようになって、今年はついに手作りになったんだから。

あたしはそれを楽しみにしてたんだよ。こっそりとチョコについていろいろ調べてるゆめを見てはにやにやとしてたんだよ。

 そのうち許してはくれるだろうけど、このままじゃ今日もらうのは無理になっちゃうかもしれないし、今日もらえないと後で許してはくれてもチョコ自体もらえるかわからなくなっちゃう。

 かといっていくら後で許してくれるのがわかってても、あたしのをもらってもらえないのに無理やり取っちゃうわけにもいかないし……

(……ん? 無理やり……ね)

 そうだ、とりあえずゆめがあたしのチョコを食べてくれればもらっても問題はないよね。

 うん、まったく問題はないはず。なんせゆめはあたしが大好きなわけで、これだって怒ってるというよりはいじけてるだけなんだし。

 大体ゆめだってせっかく作ったチョコを食べてもらえないのは内心残念に思ってるはずだしね。うん!

 あたしはそう決めつけると(まぁ、正解ではあるんだろうけど)手に持っていたチョコを軽くくわえゆめとの距離を縮めていった。

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